社長の独り言
● ウクライナホテル

ロシアの南への玄関口にあたるキエフ駅付近は、スリの被害や酔っ払いのトラブルが絶えない厄介な場所のひとつであった。が、久しぶりに車で通ったら花壇や噴水が整備され、ヨーロッパ広場と呼ばれる憩いの場所と化していた。

 

キエフ駅を背に、モスクワ川を前方に見て、左手道路を越えたところにソ連時代を代表するゴシック建築のウクライナホテルの尖塔が空に伸びている。現在は改修中ということで閉鎖されているが、ソ連時代は外国人が宿泊できる数少ないホテルの一つであり、多くの日本人もこのホテルに宿泊し、ビジネスや観光の拠点としていた。しかし、ホテルの地下の大防空壕、いや倉庫街に足を踏み入れた日本人は、めったにいないであろう。

 

私のロシアビジネス体験のなかで、強烈に脳裏に残っている風景がある。

10数年前、日本の造花を輸出するビジネスを手がけていた頃、造形植物のグリーンを現地調達するため、紹介されるままウクライナホテルの地下に案内された。

車でホテルの裏に廻ると、外からは見えにくいが、ゆるい下り坂の先に重厚な鉄の扉があった。通訳兼案内のロシア人男性が扉の脇のボタンを押し、しばらくすると扉がゆっくりと観音開きに動き出した。

正面に壁があり、眼を凝らすと、その左右に奥へ続く道らしきものが見えた。左側の道に車を入れると、入れ違いに右側の道から突然大型トラックがかなりのスピードで走り去っていった。私達の乗用車はライトをつけ、奥へ進んでいく。一定の間隔で壁に小さな照明がついているほかは真っ暗である。数台の車とすれ違ったり、止まっている車を追い越したりしたが、どう考えてもここはウクライナホテルの地下。とある壁の前で車が止まった。壁とばかり思っていたが、よく見ると所々にドアがある。もっとよく見るとドアには数字や記号らしきものが書いてある。案内人は持ってきたメモとドアの文字を確認するとノックした。ドアが内側に開き、中近東あたりの風貌をした男性が、中に招きいれた。

部屋の中は明るく、いくつかの部屋や地下への階段、2階、3階への階段があった。立派な倉庫である。私達が必要とする造形グリーンやその他、ディスプレイに使用できそうなものが棚に満載されている。東南アジア、イスラエル、アフリカなどから運ばれてきたものらしい。つまりここはグレーマーケットの倉庫か。他のドアを開けたら、おそらく化粧品、コンピュータ、家電製品、自動車部品、自動車もあるかもしれない。

とりあえず必要なものを注文。金額交渉を始めようとしたが、もしこの場で事故や事件にあって命を落としても、遺体は絶対発見されないだろという恐怖心が湧いてきた。早く逃げ出したい!

 

再び重い鉄の扉から、外の空気に触れたとき、ひと時の悪夢からさめた心地がした。ホテルの改修であの地下倉庫街はどのように変身するのだろうか。それともソ連時代の遺物として闇に消えていくのであろうか。

 

 

Photoウクライナホテル:2009年7月撮影

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