社長の独り言
● “飛鳥II”に乗船―ウラジオストクへ

824日、午後3時、新潟市内は高校野球の決勝戦に沸きかえっていた。

9回裏2死、104で負けていた新潟代表日大理工が、5点を入れ、1点差まで

相手チームを追い上げている。興奮と熱気は“飛鳥II”の乗船埠頭まで続いていた。

手続きが始まっても、乗船客は気もそぞろの様子。それも然り、あとで分かったことだが、800名の乗客の700名近くが新潟県人とのこと。クルーズ主催者である新潟日報社でも[号外]の印刷に追われていたようだ。

 

7月になってから「夏休みに“飛鳥II”のチャーターでウラジオストクはどう?中尾さんも申し込んでおくけど」というかなり一方的なお誘いがあった。知人はウラジオストクチャータークルーズの後援を引き受けた新潟ロシア総領事館からの誘いだったらしい。 詳細はわからないが、とりあえず「Yes」と返事をしておいた。8月10日を過ぎても何処からも何の連絡もないので、やはり乗客が集まらなくてキャンセルになったんだと思いつつ、知人に確認したところ、計画通り実行されるとのこと。私は参加名簿に入っているが、締切過ぎてからの申込みだったらしく、請求書も日程表も送り漏れとなっていたらしい。実施されても、キャンセルになっても、どちらでもよしとしていたのが、実施に転がった。興味はあった。日本が誇る豪華客船はどんなものか、一体どのような人が乗客なのか、そしてこれまで訪れたことのない極東、ウラジオストクの街の様子などなど。

飛鳥に乗船してわかったことがある。先ずかなりの乗客が何回も乗船しているということ。目的地がどこかよりも飛鳥に乗船することが目的で、船長さんやレストランの支配人、パーサー達とも顔なじみ、お互い笑顔で挨拶をかわしている。歌舞伎や宝塚の「追っかけ」がいるように飛鳥の追っかけがいたのだ。60年代、70年代の乗客が大半であったが。800名余の乗客にたいして乗務員450名が乗船している。清掃やレストランの現場作業者はほとんどがフィリピン人である。サービスも日本語もかなり厳しく訓練されているようだ。彼らには10ヶ月働いて、2ヶ月の休暇が与えられるらしい。

船中には、500人以上は収容できる劇場のほか、映画館、ビリヤード、カジノコーナー、ダンスホール、ショッピングアーケード、図書館、コンピュータルーム、エステサロン、フィットネスジム、テニスコート、プール、大中小のレストランでは本格的な洋、和、中華から、合間にはラーメン、おにぎり、サンドイッチ類からケーキやお茶がいつでも手軽に無料で用意されている。料理のレベルは想像以上だった。年配者が多いせいか、量が少ないのもうれしい。劇場では、ミュージカル、マジックショウ、ロシア民族舞踊などなど毎回演目をかえて上演される。夜にはラテンミュージックホールや、ピアノバーも開店する。いくつかのカルチャー教室も開かれている。ちなみにこれらのプログラムは毎朝、「ASUKA DAILY」としてA3版8ページの2色刷りニュースレターで部屋に届けられる。勿論、ドレスコードの注意書きもある。至れり尽くせり、退屈しないよう仕組まれている。

しかし、私は久しぶりに十分に退屈した。与えられる催し物を受けるだけという退屈感は完璧な御輿に乗せられているようなもの、微妙に揺れている不安定感、5万トンの客船とはいえ周りは海、ここから何処にも出られないという閉塞感からか疲れてしまった。

豪華客船クルーズは、私の生活と嗜好から全く合わないものだということが4泊5日でわかったことが収穫だった。富士山が遠くから見て美しいのと同じように、”飛鳥“は港に停泊している姿をみているほうが憧れと夢がひろがる。

次回は5時間あまり滞在したウラジオストックについて、書いてみようかな。

 

Photo:船中でディスコダンス? を踊る筆者―結構楽しんでる。

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