社長の独り言
● 祈りの建築


2月の最後の週の平日、12月から世田谷美術館で開催されていた「内井昭蔵の思想と建築」回顧展を訪れ、念願をかなえることができた。日本を代表する建築家に3時間ほど、お会いする機会を得たのは2001年の10月だった。当時、内井氏は滋賀県立大学環境科学学部の教授をされていた。モスクワに住む知人から有名な建築家が、度々ロシアを訪れ、ロシアの建築や教会を研究されているということを聞いた。内井昭蔵さんのお名前を耳にしたのは、その時がはじめてだった。モスクワのインテリアデザイン学校から、教師やOBを中心に[日本でのデザイン研修]の要請があった時、研修プログラムの中で、ロシアの建築に造詣の深い内井氏にぜひ講義をしていただきたいと思った。親交のある先の知人を通じて講師をお願いしたところ、教授は快く引き受けてくださった。当日、ロシア人デザイナー総勢10名ほど、早朝、新幹線で東京を出発、米原で下車し、バスで滋賀県立大学に向かった。そして大学側と内井教授のご好意により、特別講義を受講させていただいた。

朝刊に内井教授が羽田に向かうバスの中で心臓発作をおこされ、急逝されたという記事を読んだのは、その翌年の8月のこと。69歳。講義の後、ロシア人一行をバスまで見送ってくれた柔和なお顔が脳裏をかすめる。

数日後、立ちくらみがするほど厳しい日差しのなか、ニコライ堂の祭壇のまわりは外の日差しを遮断して、内井教授の埋葬式が静かにおこなわれた。教授は幼年時代の一時期、ニコライ堂が自宅であり、ニコライ堂の周りを三輪車で遊んでいたと誰かが話していた。

祖父も父も正教徒であり、建築家としても日本各地のハリストス教会の建築にたずさわっていたこと、内井教授もガウリイル内井昭蔵という聖名をもつ正教徒であったこと。回顧展では、彼の設計した世田谷美術館をはじめ数々の作品の足跡とともに、あらためて内井教授の建築とロシア正教の深い交差に心打たれた。自然のなかに佇むように光や風を通し、胎内に抱かれているような穏やかな建築空間には、設計した人の時空の“祈り”が込められているようだ。

 

ロシアから応募した数名が入選しているというので、六本木にある国立新美術館で開催されている「全日本水墨画展」にでかけた。美術館は、イラストや映像で目にする宇宙船のような浮遊感と、戦艦のようなダイナミックなフォルムをもつ。どうしたらこんなに超未来的で斬新な建築のアイデアがでてくるのだろうかと、感心するばかり。祈りは、どこにもみえなかったが


 


 

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