社長の独り言
● 「筍」体験

連休に来日にした2人のロシア人女性を案内した。2人とも30代後半、1人は10年前に会社を設立し、数名の社員を抱え、日本との貿易や音楽関係のビジネスをしている。学生時代の留学経験を経て、来日は数十回になる。もう1人は彼女の同級生で、初来日である。酒飲みで、ぐうたらの旦那と離婚し、娘を育てながらバリバリ働き、自力でモスクワ中心部にアパートを、郊外に別荘を手に入れ、今では気儘に海外旅行を楽しめる身分だという。ロシアでは、30代ぐらいで彼女たちのようなサクセスストーリーは珍しいことでない。ヤル気とアイデアさえあれば、ビジネスチャンスはいくらでも転がっていた。安易に始めて失敗する人もあったろうが、少なくとも私の周りの、特に女性たちは5~15年でそれなりにビジネスを育て上げている。

今回の来日で2人が、最も喜び、印象に残ったことは「筍」体験だった。

ソ連崩壊から1995年頃までは、成田に到着するなり、近代的な空港のシステム、日本の風景、建築、食べ物なんでも感激してくれた。しかし、今では一般的な日本の情報はテレビ、新聞などのメディアを通じて年金生活のおばさんでも知っている。

せっかくの来日である。何か一つでも「日本」を発見してほしいと思う。来日する人にもよるが、今回は、六本木ヒルズから見下ろす東京の夜景よりも、北海道の「ザ・ウインザーホテル洞爺」のイタリアンよりも、初めての筍堀と、筍の味が衝撃的体験だったようだ。

 

「世界はグローバル時代である。グローバルでなければ生き残れない。グローバルとは境がなく、フラットのことである。文化、伝統、生活、慣習の違いなんて関係ない。」世界戦略を掲げるあるアパレルメーカーの社長さんがテレビで語っていた。そうだろうか?日本のものつくり、技、サービス精神を知ってもらうのは必要だ。しかし、日本のビジネスモデルを、豊かさに憧れる人々の欲望を逆手に、押し付けるのはどうであろうか。一見、非効率、不合理のなかにも、夫々の国でしか育まれないものもあるのではないかと思う。

 

考えてみれば筍も手のかかる面倒な食べ物である。野生の動物にかじられないうちに、朝早く、僅かに土から覗いた穂先を見つけ、慎重に掘り起こしていく。皮をむいて米のとぎ汁で灰汁を抜き、夫々の部位を生かす調理法で味付けしていく。外国人に筍の味がわかるとは思わなかった。竹林のない国から来た客人は、若竹煮の優しい味付けに感激しながらパクパクと口に運んでいた。かといって、筍がグローバルな料理になりうるであろうか。筍のほうが驚いて、恐縮してしまうだろう。筍という不思議な食べ物は、やはり巡りくる日本の春のなかで出会いたいと思う。ロシア人の1人がつぶやいた。「貴重なものなのね」と。

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