社長の独り言
● 『打ちのめされるようなすごい本』という本

身内のすすめもあって、お盆休みに12日の人間ドックをはじめて体験した。検査のあいま、あいま、読むには手ごろかと思い、米原万理の書評集『打ちのめされるようなすごい本』を持参した。1冊について1ページからせいぜい3ページの書評の10数年間にわたる集大成であるが、縦横にまな板にのせる本の多様さ、書評のユニークさに打ちのめされ、MRTやエコー検査、胃や腸の内視鏡検査の初体験が翳んでしまった。

 

米原万理さんは、語学界では誰もが知る一級のロシア語同時通訳者であり、数々の賞をものにした文筆家でもある。20年ほど前、まだ通訳として活躍しているだけで、その名が一般に世に出ていなかった頃の彼女を一度見たことがある。

ロシア語通訳協会が主催のセミナーがあり、講師の1人は某大手商社のモスクワ駐在員だった。講師の体験談が終わったところで米原さんが質問した。「貴社は、クーデター後のロシアの大型プロジェクトのほとんどを受注していますが、なにか特別なロシア政府とのルート、あるいは見返りを提供しているのですか?」と。講師がなんと答えたかは覚えていないが、人が一番ききたくて、しかもきけないことを大きな目をくるくるさせて、ズバリ、サラリと言ってのける大胆さ。それだけで以来、「米原万理」という名前と、ふっくりした体形、ソバージュの髪型、いたずらっ子のような目が焼きついてしまった。その印象は、今回、病院で読んだ書評本の内容と一寸の違いもない。本人が癌の手術を終え、その間、同じ病院に入院していた母親を亡くしたことも、あの時の質問のようにサラリと1行だけで書いている。

 

「X月X日 予定通り入院6日目に退院。直前に母が息を引き取り、一緒に自宅に戻ることに。」

194ページ)。

 

2006525日、56歳の米原さんの死は、時差を越えて同日にモスクワの関係者に知れ渡った。私も、モスクワで日本人と同乗していた車中で聞いた。自分の誕生日でもあり、忘れられない日付となっている。本人には迷惑かもしれないけれど、米原万理はロシア語界には珍しいメディアに注目されるスターだったと思う。

彼女の書評を読んで、早速読んでみたい、またもう一度読み返したい本を選び出したら91冊にもなってしまった。なかには書評の方が面白かった、なんていうのもあるだろうな。

● モスクワの夏

梅雨や猛暑を避けて、モスクワに滞在している幸せを、密かにほくそ笑んでいたというのに今年、モスクワは観測史上初めての厳しい暑さにさらされているらしい。モスクワからのメールや電話からも熱気と、悲鳴が伝わってくる。悲鳴は人間だけでない。連日、ハードワークを強いられるようになったエアコンも、慣れない稼働時間に悲鳴を上げ、故障してしまうようだ。何しろモスクワのなにもかもが、寒さに慣れていても、暑さの対策は講じてない。

 

モスクワの夏は過ごしやすかった。空気が乾燥している分、日差しは射すように強い。が、日陰に入れば、冷風機の風に当たったように体中から熱気がひいて涼しくなる。午後から夕方にかけて30分くらいスコールのような雨がある。公園の木陰や街路樹の下で雨宿りをしていると、空気がどんどん下がってくる。雨が上がると打ち水をしたように、さわやかだ。水溜りを避けながらも、足取りは軽く弾んだ。夕方とはいえ、まだ4、5時間は明るい。時間をかけて夕食の準備もできる。散歩もできる。友人と会って、カフェでおしゃべりしたり、買物したり。7時に開演のバレエやコンサートにも出かけられる。

 

しかし、今年は日陰効果も、スコール効果も効かないらしい。郊外では、地面に堆積している落ち葉が熱で燃え始めているという。その煙が風向きで町の中心部まで流れてくるので視界も遮られるとのこと。泥炭の燃える煙、車の排気ガス、渋滞のクラクション、次々と建設される高層ビル群やアスファルトからの照り返し。あのさわやかで、緑豊かな中に、ゆったりと時が流れたモスクワの夏は何処に行ったのだろうかと思う。

 

現実に戻る。エアコンや扇風機が飛ぶように売れているという。ひょっとしたらわが社が輸出している日焼け止めクリームも、売れてないかしら?と期待してしまう。

長くて寒い冬を過ごすロシア人達は、日光が大好きだ。日焼けすることイコール冬を健康に過ごすことだと信じている。数十種類輸出しているスキンケアの中で、「美白」効果をうたった日本の日焼け止めクリームは売りにくい。ロシア人に白い肌は当たり前。見方によっては病的にみえるらしい。チョット日焼けした肌が健康的で、おしゃれでリッチという印象は抜きがたくある。今年の猛暑で、肌を痛めたロシア人達が紫外線の弊害を実感して日焼け止めクリームを求めてくれたら、せめてものメリットだ。

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