社長の独り言
● おばあちゃんの夏-2010年

8月20日過ぎごろから9月中旬くらいまでをロシア人たちは「おばあちゃんの夏」と呼ぶ。

なにか懐かしく優しい響きの「おばあちゃんの夏」、今年はさぞ待ち焦がれていたことだろう。

モスクワに着いたのは、まさに「おばあちゃんの夏」の最中、9月4日だ。今夏、世界のニュースとなったモスクワの猛暑、森林火災、泥炭によるスモッグや異臭が、信じられないような爽やかな空気のなか、青空が広がっている。ソ連時代そのままに暗い、遅い、間違いが多いという悪評の国際空港シェレメチェボはやっと新しく建てかえられ、新ターミナルで入国手続きをすませた。これで普通の国際空港になるのか、ソ連も遠くなるなとしばし感慨にふける。

フライト毎の荷物受取レーンの番号が表示される。到着便は少なく、同乗者と一緒に荷物が廻ってくるのを待つ。レーンが動き始めるのもかなり時間がたってからだが、次々に廻ってくる荷物のなかに私のスーツケースはない。そのうち表示されたレーンが止まってしまった。私を含め荷物をうけとれなかった4~5人が残された。うち1人がかなり離れた別レーンの脇においてある荷物の山から自分の荷物を見つけ出した。見覚えのある私のスーツケースも見える。レーンの上の表示版はイスタンブール。そこからの到着便と一緒になって廻っていたらしい。不覚だ!

空港が新しくなったので、システムや人の作業も一新されたかのごとく錯覚してしまった。

悪気はないのだろうけど、すべて自分に都合よく、自己流に解決してしまう。それもかなり大雑把に。それがロシア流だ。多分成田発のフライトのレーンが、一杯になったので廻っているコンベアに適当に下ろしたのだろう。「なーに、同じ空港内だからさ。」とか。

建物だけが新しくなったのであって、人やシステムはソ連時代のままであることがわかり安心した。日本のようにすべてがスムースに流れたら、ロシアに来たという実感をどこで味わうべきか。迎えの者に荷物の受取の手違いを話しても、とくに驚きも心配もしない。

そんな話題、天候の挨拶と同じ程度のものだろう。到着早々、空港で頭をロシアモードに切り替えられたのは幸いだった。それから2週間、知人の紹介のアパートで「おばあちゃんの夏」の季節を満喫した。帰国した日本はまだ残暑のまっさかりだった。

 

ちなみに何故「おばあちゃんの夏」というのか。7、8月が若者の元気な季節の象徴だとしたら秋から冬にかけては人生で老いていく季節にたとえ、8月の終わりから9月中頃までをそろそろおばあちゃんの季節が近づいてきますよ、という意味でそう呼ぶのかと思っていた。

ちょっと、いや、かなり違っていた。7、8月は畑で野菜、果物を育てるため朝から晩まで外で働き、8月の終わりから収穫して、9月にかけて収穫した野菜、果物を漬けたり、ジャムを作ったりと家の中でおばあちゃんが活躍する。つまりおばあちゃんが家で活躍する季節という意味だそうだ。季節の移りか変わりに諸行無常を重ねたがるのは日本人の発想か、ロシア人のように素直に現実的に移り行くままの暮らしを受入れるという発想もハッピーかもしれない。

 

<お知らせ>

もし勝手な『社長の独り言』を読んでいただいた方がおりましたら、感謝しつつ、しばしのお休みをお知らせします。お休みは某出版社から来春出版予定の「ロシアン・ビューテイ」(仮題)が脱稿できるまでといたします。

 

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