社長の独り言
森の別荘 ― レーピノ

お金と時間と気力がたっぷりあったら、いつかこんな別荘を手に入れ、住んでみたいと夢みている家がある。

 

渋谷の東急デパート本店並び“”Bunkamura“でロシアの画家<レーピン展>が開催されている。

日本で催されるロシアの美術、工芸展に出かけることはほとんどない。

モスクワ、サンクトペテルブルグ滞在中に何回となく出向いているし、地方都市の美術館もそこそこ覗いている。観光シーズン期のエルミタージュやプーシキン美術館などは別としても、広々とした館内で対象物に近づいたり、離れたりしながら、好きなだけゆっくりと鑑賞できた。

日本では、こうした催し物は大概込み合っている。所蔵する美術館の目玉品も十分に展示されるわけではないだろうと思うと、わざわざ足が向かなかった。

 

しかしレーピン展の予告チラシを見たときから、これははずせない、とチエックしていた。

同時代のクラムスコイの<忘れえぬ人>ほど有名でないが、<ボルガの船曳き><思いがけず>や<ムソルグスキーの肖像>くらいは馴染みがある。

が、私の目的は他にあった。

 

,8年前、取扱っている日本製スキンケアのサンクトペテルブルグ販売店を訪れた。

仕事がひと段落して、社長のザハルチェンコ・スベトラーナがドライブしよう、と

誘ってきた。彼女はいつも強引だ、というより生粋のロシア人女性。相手の希望や都合を尋ねることもなく、自分がしようと思うことは相手も望んでいること。そう信じている。仕事ではないし、こちらも彼女に任せた。

最近買ったという日産の新車が北を目指す。1時間走っただろうか、距離にして40キロぐらい。そのまま直進すればフィンランド国境を突っ切ってしまう。

道の両側からは緑の大木がせまり、まるで木の葉のトンネルに入っているよう、真上の空も狭い。

突然、ハンドルを右にきり、脇道を10分ほど走ったところで止めた。

「ここ、どこ?」

「レーピノ」

「ふーん」

ニューリッツ族の別荘分乗地か…くらいに思った。

それにしても回りは草原と森しか見えない。この先は車が入れないということで舗装されていない小道を森に向かって歩く。草むらの木の根っこにキノコの姿がチラホラみえる。

やがて、周りの木々が倒され、開墾された平地が開けた。

三角屋根がかさなった1軒の家が建っている。

スベトラーナが玄関脇の小窓で小銭を払う。ここは博物館?

中に入って立てかけてあるイーゼルやテーブルの絵の具箱をみてやっと気づいた。

レーピノ、ここはレーピンが晩年住んで多くの作品を生み出したという家。

だからレーピノと呼ばれている、ということに気づく。

多角形の広くて明るいリビング、白い枠の大きな出窓からは森の木立が手に取るように近い。自然の音しか聞こえない。

部屋にはレーピンに関しての功績や年表のような説明など何もない。

今でもプラリと散歩にでているだけ。しばらくしたらここで絵筆を入らせる本人に会えるのではないか、そんな空気のまま、窓辺に午後の陽が差し込んでいる。

 

いつか、こんな所で、あんな家に住んでみたい。

夢の実現を夢みて、何枚かの写真を撮ってレーピノを後にした。

今でも、レーピノの森の中の家は強烈に印象に残っている。

 

レーピン展のチラシを見て、あの家と住人について、もう少し知りたくなっていた。

レーピノというのは現代の呼び方で、当時はベナーチ。家はベナーチ荘と呼ばれていたということ。

2300円の図録情報は私にとって価値がある。

 

ページの先頭へ